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それぞれの仕事に必要な「基礎体力」

投稿日:2011年2月12日 更新日:

「頑張った人間が報われる社会に」ということがよく言われます。これ自体は立派な理念であり、目標だと思いますが、中には、自分で自分を「頑張っている」とホメているだけで、「それなのに報われない」と僻んでしまう傾向、仕事などがうまくいかないことへの言い訳でしかない場合もみられるようです。

評価というのは、自分が自分にするものではなく、他人にしてもらうものです。本当に頑張っている人は、端からみていてもわかるものです。

そういうことも曖昧になっている現代の日本は、社会が個人を甘やかし、子供の頃から本当の厳しさを経験することなく大人になってしまう、ある意味で「不幸な」社会という気がします。昔は、子供が何か悪いことをすると、近所の大人から叱られたり、また大人に成長していく段階で「若者宿」のような教育の場があったけれど、今は全体に若者を「シメる」場がなくなっています。若者の表情も、徴兵制のある韓国の若者などに比べて、日本の若者はどことなく緊張感が感じられず、仕草もどこかだらしない感じがする場合が多いように感じられます。

以前もふれましたが、料理の仕事場は「3K」であり、仕事の中身は基本は肉体労働です。手先が器用かどうかは、二の次、三の次で、何よりも大事なのは、長時間の肉体労働に耐える「根性」です。早い話、十数時間立ちっぱなしで仕事ができることが、プロの料理人として通用する条件といってもいい、要するに料理人としての「基礎体力」を身につけることが、若いころの修業の中心です。若い頃厳しい修行に耐えた経験がなく、脱サラなどで中年になってから飲食店の経営などに乗り出しても、この「基礎体力」が身についていないことが、いざという時に踏ん張れないことにもなるのです。

最近は、「根性」とか「修業」と言っただけで敬遠される風潮ですが、そういう風潮が中小企業をダメにし、現場の技術力を衰えさせてきたのではないでしょうか。ニュースを見ていると、昔なら考えられないような事故やトラブルが起きているような気がします。それぞれの仕事の現場で必要な「基礎体力」とか基礎的な素養が、個人としても、チーム全体としても欠けているために起こったとしか思えないような事故の報を耳にすることが多くなりました。事故やトラブルが起こるたびに、責任者がテレビカメラの前で頭を下げ、「再発防止」を誓いますが、「基礎体力」の問題までさかのぼって反省しないと、再発防止などできないのではないでしょうか。

「お金をもらって仕事をする」プロ意識を支えるのは、厳しい修業を通して身についた「基礎体力」であり、「根性」であるのは、世の中がどれだけ情報化、国際化しても、変わらない真実だと思います。

この季節、玄関先でお客様を迎える雛飾り。

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