ちばにう通信

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現状維持バイアスについて②

投稿日:2017年12月17日 更新日:

「僕たちは一年ごと、ひと月ごと、一日ごとに齢を取っていく。時々僕は自分が一時間ごとに齢を取っていくような気さえする。そしてそれは真実なのだ」(村上春樹『風の歌を聴け』)
私たちは、多かれ少なかれ、日々変化の中で生活をしています。自分自身における心身活動の変化ももちろんそうですが、周りの環境や社会も、その営みの分だけ刻一刻と状況は変化していきます。その渦中にあって、自分の置かれている現状に留まろうとするには、それ相応に、少しずつでも自分を変化させていく必要があるということが出来ます。それについて、みんなが大好きディズニーランドの生みの親、ウォルト・ディズニーも「現状維持では、後退するばかりである」という言葉を残しています。
ある日、はじめて介護保険認定を受けられたというNさん(男性)が、ご家族様に連れられてデイサービスの見学にいらっしゃいました。Nさんはお仕事をリタイアされてから一年以上、ほとんど家から出ることもなく、さらに一日のほとんどを横になって過ごされていたそうです。そのため、歩行状態は不安定になり、体調も崩されることが多くなり、また昼夜も逆転して、深夜に家族を叩き起こすことも少なくないとのことでした。そこでご家族様は、N様が通所を利用することで、正常な生活リズムを取り戻し、自分たちも何とか休息をしたいとの要望をお話しくださいました。N様はその日、短い時間ではありましたがデイの体験利用をされ、とてもご満悦の表情でお過ごしくださいました。
けれども後日、利用契約をさせていただこうとご自宅を訪問すると、体験利用の時とはうって変わって、実に渋い表情をなさっていました。そして突然「契約はしない」というお話をなさいました。しかもそれは、とても頑ななものでした。「よくよく考えたら自分にはまだ必要ない」「今まで自分のことは家族が面倒を見てきたし、これからもそれでいい(そのために家に妻と娘がいるんだと断言)」というのがその理由でした。ご家族様の話では、確かに現役の頃から仕事以外、用事が無いと滅多に家から出ることはなかったし、スイッチが入ると何が何でも自分の意見を通そうとされていたそうです。Nさんの生活歴で培われた、現状維持バイアスが発揮されているのだなと感じました。
そのバイアスついて、自分なりに少し調べてみたのですが、そこから抜け出すための方法というのが、まずは徐々にでも、「自分自身にそういったバイアスがかかっていることを知ること」なのだそうです。何とも古代ギリシャ哲学に回帰するような理屈なんだなあと感じました。確かに、問題をまず可視化するというところは何事も大事であるように思います。
私たちもNさんに対して、何度も日を改めながら、サービスの利用がご本人様を脅かすものではないことをご説明させていただきました。ご家族様としても、なにもN様を家から追い出したくてサービスを利用してもらいたいという訳では無くて、むしろ今まで通り在宅での生活を、今後も長く継続していくために利用を希望されているということがひしひしと伝わってきました。そんな想いが通じたのか、Nさんはその後、徐々にではありましたが、デイにも拒否なくいらっしゃるようになり、笑顔も大変多く見られるようになりました。
これから新たな年、新たな年度を迎えるにあたって、また社会の状況も変わってくることと思います(平成三十年は医療保険、介護保険同時改正の年です)。私たちもなるべく誰にとっても負担の無いような仕方で、緩急織り交ぜて訪れる様々な変化に対して、柔軟に対応していければと思います。

(月刊千葉ニュータウン2017年12月9日発行号所載)

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