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第四十六回 マコモ(真菰)馬

投稿日:2006年6月10日 更新日:

七月初め、ニュータウンのスーパーへ行くとお盆用品を売っていた。ずいぶん早いなと思ったが、考えてみると、八月に盆の行事をするのは私ども旧人類だけであって、都会育ちの方々の住むニュータウンのお盆は七月であることに気がついた。

よくみると、提灯、線香、蓮花、真菰で作った筵や縄にまじって、これも真菰を材料にした牛馬まで売られているではないか。都会に親戚がない私は都会のお盆の迎え方を見たことがないので、川岸に生えている真菰を使った盆の棚飾りなど想像だにすることがなかった。その牛馬を買い求めて帰り、東京暮らしの永い友人に尋ねたところ、東京でも前々から真菰を使った棚飾りをしていたこと、板橋の方に作る家があり、買いに行ったり、雑貨屋などで売っていたのを求めた記憶があるという話をしてくれた。

では、かつて印西地方で作られていたマコモ馬はどんなものであったのか(マコモで牛も作る地方もあるが印西地方では確認されていない)。

印西地方と一口に言ってもかなり広い。土地柄や作り手による固体の差は大きい。私のコレクションのなかからやっと一枚の写真を見つけ出した。

裏に’91とあるから十五年前の写真である。「房総のむら」の報告によると、千葉県内では大きく別けて七種類の馬型があるとされており、写真は「印旛沼・手賀沼型」と分類されているもので、右上のずんぐりとした「香取型」とは対照的に細長く華奢な作りである。

型は大同小異であるが、呼び方は様々である。材料からつけられた「マコモ馬」、作る日から「七夕馬」「七日盆の馬」、役割から名付けられた「盆の馬」「馬流しの馬」「迎え馬」などがあり、「七夕(たなばた)馬」と呼ぶ地方が一番多いと言われている。

七夕といえばあの牽牛と織姫が年に一度デートを許されている七月七日の行事であるが、七夕伝説と結びつく風習はマコモ馬にはない。

八月七日は「七日盆」と言って、お盆の仏事の始まりの日である。七日盆と七夕が同日であるために、仏・先祖を迎えるための行事が、七夕の日の馬と呼ばれるようになったのではないだろうか。

印西市亀成ではマコモ馬を大小二頭作り、大きい馬は七日の朝、「ご先祖様、馬に乗って来てください」と仏迎えのために亀成川へ流し、小さ馬は軒に下げておき、盆の終わりに供え物や棚飾りと共に川へ流して仏を送ったと言う。馬を二頭作る風習は印西地方には他に無いようであるが、一頭の場合も仏の送迎の意味が込められている伝承が多い。隣の八千代市などでは牛と馬を作ることが知られている。これは牽牛の牛に因むものではなく、盆が終わり冥界へ帰るときに仏は馬に乗り、牛は土産を積んで送るためと言われているようである。

子供がマコモ馬を川辺に牽いて行き、草を刈って馬に背負わせて帰り、庭に草を敷いてマコモ馬を飾る行事が各地で盛んに行われていたと言われているが、これも仏の送迎を意味するものと思われる。

(写真上)本埜村竜腹寺のマコモ馬。右上は成田市で作られたマコモ馬。
(写真下)印西市のニュータウン地区のスーパーで売られていたマコモ牛馬(中国製)。

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