ちばにう通信

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(3)「荷降ろし症候群」と居場所さがし

投稿日:2004年5月8日 更新日:

風薫る五月に似合う花の一つに「花みずき」がある。アメリカに桜の花を贈ったそのお返しにいただいた花だそうだ。

ピンクや白の四枚の花びらが風にのってゆらゆらと舞っている。大きな木になった花みずきのゆれている様子は、遠目には岸辺に押し寄せる波のよう。日ごとに濃さを増していく緑を背景に白い波頭は幾重にも続くようにみえる。ゆうらゆうらとゆれている花みずき・・・・。

ふと耳もとで、

「ゆれる私は・・・・そう・・・・」

「君のそばの春風です」

友人に呼ばれて出かける途中にこの花みずきに逢って行く。私の気持ちはゆったりしていなくっちゃ!というわけで・・・・。

彼女は五十歳すぎ、娘と息子が仕上がってもう世話をやく必要はない。「荷降ろし症候群」というのだそうだ。まじめで、几帳面の人に多いようだ。

いろいろ話を聞いて、私が冗談で「ディスコに行くとか、競馬とかパチンコをやってみるとか」というと、滅相もない、といわぬばかりに身を固くする。私も、とても彼女にはできそうもないとむなしい思いが湧いてきた。

子育てやマイホーム作りに追われている時には、人は眼前に戦う目標があり、ともかくも自分の居場所で獅子奮迅の働きをしてみせる。そしてそれが自分を支える生きがいにもなる。

しかし戦い済んで日が暮れて、その後はどうすればいいのか。この長寿時代に確たるマニュアルはない。

すっきりしないまま彼女の家を出て帰途に。

ふと通りの向かい側を見ると、ゴンドラに乗ってビルの窓を掃除している若者がいる。ゆらりゆらりとゆれながら、実に手早くサッサッときれいに磨き上げていく。見られているとも知らず、若者は窓を拭き終わると、地上に降りてきて仲間とにこやかにおしゃべりをしながら、帽子をとると、長い黒髪がパラリと流れ出た。

「あっ、女の人だったんだ!」と驚いた。このごろは女性もいろんな所に進出している。男性の仕事だと思いこんでいた分野にまで、頑張りだした。

私はこの人から元気をもらったような気分で爽やかに帰宅した。

家へ帰ると、白井の友人からチマキが届いていた。そういえばチマキには哀しい由来がある。楚の詩人・屈原が戦火の中めざましい働きをしながら、国が安定に向かうにつれ王に疎まれ、最後は洞庭湖の近くに身を投げて死んだ。

人々が彼を憐れんで水面から食べ物を沈め、供養すると、彼の亡霊が現れて「水の底には大きな竜がいる。そのまま沈めるとみんなその竜に食われてしまうから、笹の葉にくるんで投げ入れてほしい」と頼んだという。

いつの時代もそうなのだろうか。人は平和の中で、かえって自分の場所を見失いがちなものらしい。

ボーイフレンドがこのコラムを読んで曰く、「以前(千葉ニュータウン新聞)は『女の手帳』だったのが、ついに女を捨てたんだな」と。憎らしい。

女を捨てても、人間は捨てられないのだ。

みんな元気にな~れ。

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