ちばにう通信

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(30)未完に終わった絵

投稿日:2006年8月12日 更新日:

冷房のない時代、せめて言葉で涼をとろうとしたのでしょう。江戸中期の狂歌師、唐衣橘州が涼しいもの三つ並べて歌にしています。

涼しさは あたらし畳 青簾 妻子の留守に ひとり見る月

うーん、上手いですねぇ。ひとり見る月ですか。

さて、八月はお盆の月。一族祖先、わけても亡き子、亡き父母を想う優しい月です。八月はまた原爆と敗戦の月、悲しい月でもあります。

一番古い記憶として私が思い出すのは、電車に乗って戦地に旅立つ兵隊さんを見送っている風景です。

召集令状で駆り出された、にわか兵隊さんばかりです。見送りの人たちのバンザイ、バンザイの声と、手に手に打ち振る日の丸の小旗が耳と目にこびりついています。

少し心細さそうに電車の窓からのぞく顔のひとつは、私の好きな兄ちゃん(叔父)でした。二度と日本に戻れずに散った兄ちゃんでした。「豆腐とネギのみそ汁が食べたい」と言ったのが、最後の言葉だったとか。

今NHKの朝ドラ「純情きらり」で達彦さんが兵隊にとられ、ガッカリしている私です。

小さい頃の思い出につながる日の丸の旗を見るのは、ちょっと辛いのですが、サッカーワールドカップやオリンピックなどのバンザイ、バンザイの代わりに、ニッポン、ニッポンの掛け声は、若者だけでなく、私も熱くしてくれます。

オリンピックも問題点はありますが、人間の闘争本能を消化する代理戦争の役割を果たしています。爆弾を投げ合うよりボールを投げ合っている方がどれだけ健全なことでしょうか。

友人が「無言館」という本を送ってきてくれました。

ご存じの方も多いと思いますが、長野の上田に画家の野見山暁治さんが九年前、戦没学生の作品を集め、美術館を建てられ「無言館」とされました。その本です。

青春まっただなかの清々しい瞳で描き続けた(現東京芸大)学生による絵の数々。健康で若い裸婦の絵も数点ありました。青春たぎる画学生は引き離される恋人の身体を自分のひとみに焼きつける思いで描いたのでしょう。二十歳前後の前途ある青年たちです。今生きていれば、八十歳を超える名画家になっていたかもしれないのです。

「あと五分、あと十分この絵を描きつづけていたい。外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから、モデルの恋人にそう言い残して戦地に発った。しかし帰ってはこれなかった」ーー本の帯に書いてありました。

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