ちばにう通信

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(31)思えば遠し・・・・見るかげなく

投稿日:2006年9月9日 更新日:

夕涼み 月見て思う 遠き友

これは、私が小学六年の夏休みの終わりにつくった俳句です。

中学生になると、

見ていたい 花火見ている 君だけを

どちらも新聞に掲載(但し、後者は、先生の手が入っています)していただき、その時はうれしいような、半分恥ずかしいような、複雑な気持ちでした。

高校三年生の時、ある週刊誌の「替え歌大会」という企画に応募したのがたまたま一位になり、びっくりしたこともありました。

この替え歌の話ですが、もう五~六年、いや十年くらい経つでしょうか、白井市の依頼を受けて「講演」をさせていただいたことがあります。テーマはなんと「賢い女性の働き方」。「すごいテーマ! 私の方が聞きたい!!」と思ったことでした。このテーマの仕掛け人が「千葉ニュータウン新聞」の小田隆造さんだったということは、後で聞きました。

今思えば赤面するばかり、穴でもあったら入りたいくらいですが、その頃は若さと恐いもの知らずでお引き受けしてしまいました。

講演会途中の休憩時間、ちょっとしたお遊びのつもりで黒板に件の替え歌を書き、皆で一緒に歌ったのです。

この時出席して下さった方から先日お手紙をいただきました。ご主人の転勤で海外をまわり、やっと帰ってこられた、その方のお手紙には、今でもあの替え歌をうたっていますとあり、とても懐かしくなりました。

では、お待ちかね、問題の替え歌をご紹介しましょう(一部ですが)。

本歌は「故郷の空」、夕空晴れて 秋風吹き 月影落ちて鈴虫鳴く 思えば遠し故郷の空 ああ我が父、母いかにおわす

皆様よくご存じの歌ですね。これが私の手にかかると、

おっぱい垂れて
見るかげなく
頬っぺた落ちて
虫歯ばかり
思えば はるか
娘の日々
ああ わが乳(父)歯歯(母)
いかにすべき

今は、まさに歌のとおりの風貌であることを認めますが、その頃は何しろ「十代の娘が作った」ということで、チョー話題になったものです。

信じられないでしょうが、その頃の私はなかなかのボインちゃんで、セーラー服の胸のポケットに定期入れが入らなかったのです、エヘンッ。

その後もいろいろ挑戦しました。フジTVの「三時のあなた」にも生出演し、オーケストラをバックに奥村チヨの「終着駅」を「女の終着駅」として歌ったりしました。この時は、森光子さんも横に並んで一緒に歌ってくれました。

思えば遠し・・・・、良い時代でした。

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