ちばにう通信

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(32)秋刀魚に寄せて

投稿日:2006年10月4日 更新日:

空があまりに青く気持ちが良いので、歩いてスーパーに行こうと決めて出かけました。途中、畠のそばを通りかかると、秋草の揺れるがまま身をまかせて、動こうともしない老いた「かまきり」を見つけました。若いころは目にもとめなかったこんな光景に、今は足も心もとめてしまう私・・・・。少し離れたところにかわいい花をつけた草を見つけたので、「せめてあの花のそばに移してあげようか」と思いましたが、「いやいや、そっとしておきましょう。自然のままがいいのだから」と、その場を離れました。

スーパーに行くと、ちょうどタイムサービスでサンマがたくさん並べられていたので、今日はサンマの塩焼きにしようと、四匹買いました。

まな板の上にサンマを並べ、そのスタイルの良さに眺め入っております。すらりと伸びた姿態、細くシャープな口もと、銀色に輝いているお腹まわり、「何と様子がいいのでしょう!!」と、東京山の手の上品なご婦人ならおっしゃることでしょう。

今日はカンテキ(コンロ)で焼きたいなぁ。素焼きしたような素朴なカンテキの上に金網をのせて、ジュウジュウと音をたてながら、もうもうと煙を出して焼くのが一番おいしい焼き方です。外へ出てこうして焼いていると、必ずご近所から大根が届けられるというのが、子供の頃の光景でした。

佐藤春夫に「秋刀魚の歌」という有名な詩があります。

    あわれ秋風よ
      情(こころ)あらば 伝えてよ
        男ありて 
          今日の夕餉にひとり
        さんまを食(くら)ひて
          思いにふける

この書き出しだけを読むと、何か侘びしい男やもめが貧しい食卓にサンマを食いつつ来し方、行く末を思いやっている詩のように読めますが、

さんま さんま
そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて(以下略)

この詩を書いた頃、春夫は谷崎潤一郎の妻・千代と恋仲にあり、ここに詠われている情景は夫潤一郎のいない小田原の谷崎邸で千代とその小さな娘が春夫と夕餉の団欒をしていた、その折りのありさまなのでした。

その後春夫は谷崎夫妻と一切の交わりを絶つのですが、千代に対する思慕の情はむしろますます募っていき、彼に幾多の恋愛詩を作らせる原動力となりました。

下世話な魚を見事な詩情に転じてみせた春夫の手腕はさすがですが、よく考えるとそれが下世話であるからこそ、この寂しい、温かい詩情が得られたのでしょう。これがサンマじゃなく、鯛や平目ではこうはいかないでしょうね。

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