ちばにう通信

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(40)爛熟の味わいをむさぼる

投稿日:2007年6月9日 更新日:

「一番好きな果物は?」と聞かれたら「桃」と答えます(とはいっても、「宮崎のマンゴー」だけは別格ですが)。

子供の時の「ひと夏の経験」ですが、お友達の家へ遊びに行くと桃が出てきました。爪楊枝のささった削ぎ切りの桃が山盛りのお皿を目の前にして、あっという間に食べつくした後、家に帰るとまた食卓に同じ山盛りのお皿が出てきて、それもまたたいらげて・・・・。どういうのか、桃はいくらでもお腹に入る果物でした。

しかし、そんなありがたい時期は長くは続きません。戦争が終わり、疎開先の岸和田から大阪市内に引っ越してきてからは、今までどんなに贅沢なことだったか、身に染みて知り、その後は押し頂いて食べるようになりました。

そもそも桃は産毛の生える肌といい、そのフォルムといい、色合い・食感といい、色っぽいこと格別です。熟れてじゅるじゅる果汁がしたたる実は、喉の内側を通る時の果肉のつぶれ方にも、唇の脇からこぼれて、おとがいを落ちる果汁の流れ方にも、あまりにも分かりやすい罪深さがつきまとう。

飲み込むのにあまり咀嚼しないですむところに努力しないでいいというか、気怠さがあってそれが人の心を甘美な堕落へと誘うのではないでしょうか。さらには、その果汁のふんだんさ。爽やかさとは逆の、とろりとした意味深な甘味・・・・。

歯ざわりのいい林檎が少年で、すっぱくて甘い苺が少女なら、桃は有閑の年増といった風情をぬぐいきれないから、「あぁいけない、いけない」と思いつつ、むさぼるように頬張って食べるのが桃にはふさわしいような気がします。

一方、桃は穢れを祓う力も持っているそうです。黄泉の国に入っていったイザナギが腐り果てた妻のイザナミに会って逃げ帰る折り、死霊の追っ手を払うために桃を投げて応戦したと聞いたことがあります。

並んだところは果実の宝石と呼びたい桃をいただきながら、今年の夏もまた、自分とは最も縁遠い、色っぽさというものに思いを馳せる私めであります。

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