ちばにう通信

地域をつなぐ「月刊千葉ニュータウン」のサイトです。

沿革

千葉ニュータウンのまちづくりとともに歩む新聞

2001年5月の創刊以来、「月刊千葉ニュータウン」は常に、千葉ニュータウンのまちづくりとともに歩んできました。まちづくりの「今」を伝え、問題を提起し、まちづくりに取り組む人たちをサポートする紙面づくりをしてきました。

「ジョイフル本田 千葉ニュータウン進出」をスクープ!!

(2002年5月15日号)

本紙創刊からちょうど1年目となる2002年5月、本紙はどこのメディアよりも早く、正確かつ詳細に「ジョイフル本田の千葉ニュータウン進出」を報じました。当時、千葉ニュータウン事業は低迷し、入居が進まず、企業進出も低調をきわめていました。印西牧の原駅周辺の一帯は、雑草が生い茂る広大な原野が広がる風景でした。

ホームセンターで成長著しい「ジョイフル本田」の進出を契機として、この地域では大型商業施設の進出が相次ぎ、広大な原野は一大ショッピングセンター街へと変貌を遂げてきました。現在、印西市は5年連続で「住みよさランキング日本一」(東洋経済新報社)の栄誉に浴していますが、その端緒が「ジョイ本の千葉ニュー進出」という事件だったわけです。

以後、本紙は千葉ニュータウンの発展とともに、街の発展ぶりやまちづくりに携わる人々、団体の活動を伝えたり、まちづくりの問題点を考える記事や特集を掲載、読者とともに考え、解決に取り組んできました。

市町村合併の動きをフォロー 地域・行政・住民の関わりを考える

この地域の市町村合併は、2つの波がありました。第1の波は、2002年3月~2004年7月、2市2村(印西市・白井市・印旛村・本埜村)の合併協議にやってきますが、これは最終局面で白井市が住民投票の結果、協議から脱退したことで頓挫します。その後、第2の波として2008年11月から1市2村(印西市・印旛村・本埜村)による合併協議が進められ、紆余曲折の末、2010年3月に合併が成立します。

本紙は、2つの合併協議を密着取材し、ある時は政治的リーダーシップの不在を批判的に報じ、またある時は一部のリーダーの「暴走」と、それに対して何ら有効な対策を講じることができない、合併協議会体制を批判するとともに、そうした首長、議会の状況に対して、立ち上がった住民によるリコール等の動きを詳細にフォローしてきました。

本紙なりの「総括」というか全体的な印象としては、第1の波(2市2村合併協議)では、政治的リーダーシップの不在を住民投票がつくことにより、合併全体が流れるという事態に対して、どちらかといえば「民主主義のひ弱さ」を感じました。

対して、第2の波(1市2村)では、一部のリーダーの公約違反により、大方の住民が希望する合併がまたしても流産しようかというぎりぎりの状況で、住民が首長リコールに立ち上がり、その後議会の大勢もこれに押されて不信任決議に突き進むという過程を通じて、第1の波の時とは逆に「民主主義という装置の強靱さ」を学んだ思いがします。

地域最大の難問 北総線の高運賃問題への取り組み

千葉ニュータウンの大動脈である北総線の運賃があまりに高いため、住民生活が大きく影響を受けているという状況に対して、本紙はさまざまな角度から取材・報道するとともに、地域の住民によるさまざまな活動にも参加してきました。

駅前商店による北総線回数券ばら売りサービスをコーディネート

ことの起こりは2005年1月、本紙「編集子がみた初夢」記事で、北総鉄道が発売している15枚綴りの回数券を駅前商店が利用者にばら売りすれば、利用者は通常の2/3の料金で北総線を利用できるじゃないかと「提案」したことでした。

北総鉄道では、昼間(10:00~16:00)と土・日・祝という利用時間限定での15枚綴りの回数券を販売しているものの、窓口で購入してから3か月という有効期限があるためにあまり利用されていませんでした。これを、地域の商店などがまとめ買いしてきて、利用者にばら売りするアイディアを紙面が提唱したところ、ボランティア精神の富む駅前商店などが協力することになった次第です。

このサービスは、すでに10年以上継続しており、年間を通じて多い時には、6駅圏で1日約800枚も売れる「ヒット商品」に育っています。まさに、「継続は力なり!」で、地域商店のボランティア精神、地域の人たちに少しでも役立ちたいとの思いに、頭が下がります。

長期連載「北総線高額運賃の研究」

(2006年9月~2009年12月)

成田スカイアクセス線開業を前に、北総線の高運賃問題について、鋭く分析、これまで高運賃問題についての北総鉄道の説明の矛盾点、地域が期待する成田開通効果による運賃の引き下げが期待できないことを、詳細なデータとともに示した、この連載は、住民による運賃値下げ運動に大きな影響を与えることとなりました。

高運賃問題を、一切の幻想を捨てて、正確に、本音でとらえることにより、運賃値下げ運動もより厳しく、強い姿勢に転じることとなり、遂には、北総線値下げ裁判(2010年8月~2015年4月)という、新たな段階を迎えます。

この裁判の過程で、運賃問題を分かりやすく、ユーモアを交えて描写した単行本「できるだけ乗らずに済ます北総線」が発刊されました。

住民の 住民による 住民のための「解」を求めて

住民サポーターが支える路線バス  生活バスちばにう

千葉ニュータウン中央駅~新鎌ヶ谷駅間をつなぐバスを、住民からの要請を受けて、鎌ケ谷観光バス有限会社が2014年6月から走らせています。これによって、高運賃の北総線に代わる、千葉ニュータウン住民のための別の選択肢が誕生したことになり、多くの利用者からの歓迎、喜びの声を受けて、バスを走らせています。

バスの運行、事業リスクについては、鎌ケ谷観光バスに引き受けていただく一方、住民は「友の会」を結成して、地域とこのバスとをつなぐ、さまざまな活動を展開しています。それらの活動では、本紙が重要な広報ツールとして活用されており、本紙がまちづくりを支え、まちづくりとともにあるタウン紙として、本領を発揮する舞台の一つとして、これからも「生活バスちばにう」の発展をサポートしていきます。

「競わない」まちづくり オールドタウンの再生に貢献

北総線の高運賃問題と並んで、千葉ニュータウン事業の負の遺産である、木下など旧市街地の衰退(シャッター通り化)に対しても、本腰を入れて取り組んでいきます。

本紙の問題意識として、千葉ニュータウン事業の「負の遺産」への取り組みは、県やURが手がけてきたビッグ・プロジェクトの「すき間」を埋めていくということと考えます。言い換えれば、「ニュータウンに無いもの」(ニュータウン整備にできた穴ぼこ)を探し出し、県やURに代わって穴ぼこを埋める作業がそのまま「負の遺産」を「資産化」する道ということになるでしょう。

地元がそうした作業を積極的に引き受け、消化していくことが、ポスト・ニュータウン事業、ポストURのまちづくりの新しい主役を育てることにつながっていくのではないでしょうか。

オールドタウンの再生に取り組むことが、この地域にとっても、本紙にとっても、千葉ニュータウンという街を考える作業の一環を成すと考えます。

投稿日:2016年9月20日 更新日:

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